2025/11/26
山本の部屋その「Z世代」へのかかわり方、間違っていませんか?
このコラムでは、北陸人材ネットの代表取締役社長・山本が、日々考えていることなどをお伝えします。
Z世代の価値観やキャリア観が大きく変化する中で、私たち指導側の関わり方もまた、見直す時期に来ているのかもしれません。
OJT(仕事を通しての指導)の局面で、「どうしてこんなことするの?」「そうじゃない」などとつい口出ししたくなってしまうことがありませんか?
他人の行動に口を出したくなるのは、人の性かもしれません。
特に年齢を重ね、経験や成功体験を積み重ねてきた人ほど、自分の中の「正解」を誰かに伝えたくなるものです。
でも、その「正解」は本当に普遍的なものなのでしょうか?
それは、相手にとっても「正解」なのでしょうか?
そしてそれは相手にとって価値のあるアドバイスになっているのでしょうか?
今回はこの辺りについて、自戒も込めてまとめてみました。
「正しさ」と「有効」は違う
過去の自分がうまくいったやり方は、確かにその時・その場では有効だったのでしょう。
自分がうまくいった時と目の前の部下の置かれている状況が100%同じであればそれを「正しい」と伝えてよいと思いますが、そもそもまったく同じ状況が起こるはずがありません。
さらに、そもそも、それはその時にうまくいったやり方。
つまり「有効な」やり方であって「正しい」やりかたではありません。
その違いを無視して「こうすべき」「こうするのが正しい」と伝えてしまうこと自体がそもそも、ミスコミュニケーションではないでしょうか?
有効なやり方を正しいやり方と誤認してしまう傾向が自分を含めて日本人には強いように感じています。
「やり方」を押し付けてしまっていないか?
「そのやりかたじゃない」「こうすればうまくいく」
そんなふうに、自分が慣れ親しんだ“やり方”をそのまま相手に渡してしまうことがあります。
でも、それは本当に相手にとって最適な方法でしょうか?
やり方には、その人の価値観や得意不得意、置かれた環境が深く関わっています。
自分にとって自然な手順が、相手には負担になることもあるのです。
また、「やり方」を一方的に押し付けることを繰り返すと、「どうせ提案しても否定されるだけだから、指示を仰いでいわれたことをいわれた通りにしよう」という受動的な思考と行動習慣を相手に植え付けてしまいます。
相手の自律性や主体性を奪ってしまいます。
本人のために良かれと思ってやっている指導が実は部下の成長を阻害し、当事者意識を奪ってしまっているのです。
「正解」がゴールになってしまう危うさ
「正解」という言葉には、どこかこれで「終わり」のニュアンスがあります。
「これが正しい」「これで完成」と思ってしまうと、そこから先の工夫や改善が止まってしまいます。
でも、現実の仕事や人間関係には、常に変化と余白があります。
だからこそ、「もっと良くできるかもしれない」「他にもやり方があるかもしれない」という意識を持ち続けることが大切です。
「正解」をゴールにするのではなく、「より良く」を探求し続けること、その姿勢が、信頼を育み、組織や人の可能性を広げていくのだと思います。
またそうした姿勢がメンバーに浸透すると、自分一人では思いもよらないような新たな可能性を広げる視点やアイディアを生み出す風土が醸成されていきます。
「遠くに行くなら仲間と行け」という格言があります。
私が好きな言葉なのですが、まさにそういうチームのことを指していると思っています。
「問いかける」ことで、相手の自律的な思考を促し、「考える力」を育てる
大切なのは、相手の考えや背景に耳を傾けること、「なぜそうしたのか?」「どんな意図があったのか?」と問いかけることで、相手自身が自分の行動を振り返り、必要なら自ら修正していく。
そのプロセスこそが、相手の自律的な成長につながるのではないでしょうか。
私たちができるのは、自分の経験を「参考情報」として差し出すこと、「私はこういう場面でこう考えたよ」「こんな方法もあるかもしれないね」と、選択肢を広げるような関わり方をすること。
そのうえで、最終的な判断は相手に委ねる。
それが、信頼に基づいた関係性であり、相手の主体性を尊重する姿勢だと思うのです。
「正解」を押し付けない関わりが、主体性を育てる
私たちは、「正しさ」を教えるのではなく、「考える力」を育てる関わり方を意識したいものです。
「正しいやり方」はAIに聞けば教えてくれる時代を私たちは生きています。
正解のない何かに、AIなどの力を借りながら主体的に立ち向かい、チャレンジし続けることができる人材を育てていく必要があります。
相手の可能性を信じ、問いかけと対話を通じて共に学び合う姿勢こそが、これからの時代に即した人材育成法ではないかと考えています。